日本近代文学読破の旅に欠かせる事ができない「寄り道」。
そう、この本が、日本の近代文学に与えた影響は計り知れません。
田山や秋声らの自然主義文学はもとより、永井荷風などはとりわけゾラに強い影響を受けた作家でした。
さて、本書の「影響」を先に述べてしまいましたが、もちろん本書の内容も、日本の近代文学に影響を与えてしかるべき衝撃的なものでした。
ゾラは、貧しい労働者階級の救いのない、どん底のような暮らしを、ありのままに描きました。
貧しさのあまり堕落せざるをえない人間の姿を描き、人間をそこまでおとしめてしまう社会のあり方を糾弾したのです。
本書でゾラがとりわけ労働者階級の惨状を描いたと言うところで、社会主義者から熱狂的な支持を受けることになりましたが、この本は何も労働者階級のみにスポットライトを当てた訳ではないのだと思います。
ゾラは、食べること、肉体を酷使すること、そして性を貪ること、そういった人間の根源的な欲求をむき出しにしている労働者階級を、あらゆる人間の縮図として描き出したに過ぎないのだと思います。
この本の物語の女主人公、ジェルベーズは、何も大それた夢を持っているわけでもなく、人一倍欲張りなわけでもありませんでした。
むしろ勤勉で、慎ましやかな、家庭的な女性でした。
そして勤勉なブリキ屋の夫クーポーという伴侶を得て、彼女の生活も順風満帆かに見えました。
しかしクーポーの怪我と、それによる借金、そして昔の情人であったランチェとの情事により、そのささやかながらも幸せな生活は音を立てて崩れ始めます。
それまで優しくて勤勉だった夫は、怪我をしてからというもの、人が変わったように呑んだくれ、ほとんど毎日近所の居酒屋に入り浸り、やがて娘のナナも放蕩の生活を送るようになると、ジェルベーズ自身も酒に身を投じます。
そこにあるのは、まったく救いのない物語です。
ジェルベーズがいた街には、この救いのない物語があちこちに転がっていました。
この本は700頁以上ありますが、その頁数の多さからではなく、そのあまりの残酷さから、何度も読むのを断念しそうになりました。
とても続きを読む気になれないからです。
ただ、これがゾラが書いたありのままだとすれば、街角で凍え死ぬ人を見て、見てみぬ振りをするのと同じような事だと思い、歯を食いしばって、胸を締め付けられながら読了しました。
こんなに読むのが苦しい本は初めてでした。
ただ、この本のテーマは、決して過去のことではないのだと思いました。
貧しさゆえに、働かなければならない人間。
貧しさゆえに、壊れてしまう人間。
そんな人間は、現代にもどこにだって転がっています・・・。
そう考えると、なんだか人間と言う存在のはかなさに、非常に哀しくなりました。