おすすめ小説『ノルウェイの森』

この作品は言わずと知れた村上春樹の出世作ですが、村上春樹の小説群を通読した後であらためてこの作品を振り返ってみると、この作品の鮮明さは他の作品よりも突き抜けているように感じます。

他の作品の中にも「自殺した恋人」のエピソードが出てくることからも、この作品は間違いなく著者がどうしても書きたかったテーマの一つだったのではないかと思います。

時は1969年、田舎から上京してきて寮暮らしをしていた「僕」は中央線の電車の中で、高校時代の親友キズキの恋人であった直子と再会します。

二人の共通の知人であるキズキは高校生の時に車の中でガス自殺したのでした。キズキの死によって、若くして人生の深淵をのぞき込むことになった「僕」はどこか周囲に馴染めず大人びた性格になっていました。

キズキが死んだ時、「僕」は、

「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」

ことを思いましたが、直子もまた幼なじみであり唯一無二の理解者であったキズキの死に深い傷を負い、見違えるほどやせ細っていました。

二人は四ツ谷から駒込までひたすら歩き続け、それは散歩と言うには本格的過ぎるハードなものでした。

そんなことがきっかけで二人は度々会うようになり、二人の距離も近づいていきます。

そして直子の二十歳の誕生日に「僕」と直子は寝ます。

二人は恋人なのかもわからないままどこか哀しく愛を交わします。

それは恋の始まりと言うにはあまりに切なすぎる一夜でした。

その直後、直子は「僕」の前から姿を消し、「僕」は心にぽっかりと穴が開いた状態でいつも通りの生活を送ります。

ちょうどその頃、「僕」は同じ学部の緑という女性と出会います。

緑は直子とは異なり陽気で快活な女性でしたが、緑の存在は直子と会えない「僕」の心の穴を徐々に埋めていくのでした。

そして「僕」の元に直子から手紙が届きます。

直子は療養のため、京都の山奥の静かな療養所にいたのでした。

実は直子の心は「僕」の想像以上に傷ついていたのです。もう修復も難しいくらいに・・・。

この小説の読み方は色々あると思いますが、私はこの小説で生々しい性描写が多いのは著者がセックスを人間らしい、温かい営みとして積極的に肯定しているからなのだと思います。

『ねじまき鳥のクロニクル』でもセックスは人と人とのつながりを象徴するモチーフとして登場しています。

人間は何か大切なものを失っても生き続けるしかない。

心がどうしても前に進まない時、その時は痛みを胸に抱きつつも体の声に耳を澄ましてみるといい。

そしてもしそこに温かなぬくもりを求める気持ちが少しでも残っているのであれば、君はまだ生きていける。

この作品はそんなことを教えてくれているような気がします。