父の詫び状 向田邦子

数あるエッセイの中で、色あせない名作としておすすめできる本がこの『父の詫び状』です。
向田邦子というと、「寺内貫太郎一家」や「あ・うん」などのテレビドラマで聞き覚えがある方もいらっしゃるかもしれません。
若い方であれば「字のないはがき」というエッセイを、国語の教科書で読んだ方もいるのではないでしょうか。
このエッセイは25個の短篇集からなり、生き生きとした言葉運びで昭和初期の家族を描いています。
戦時中の苦しい暮らしの中の喜び、海水浴の思い出、海苔巻の端っこばかり食べる父親…どれも家族の暮らしに密着したエッセイが美しく紡がれています。このエッセイの読みどころは何と言っても、筆者の父親の存在です。
シャイで癇癪持ちで、不器用な父親の愛情が通奏低音のように、エッセイの中に流れています。
そして、この話の時代は戦時中から戦後にかけての話であり、ごはんやごちそうのエピソードなど、当時の暮らしがありありと伝わってきます。
文体も、まるで知り合いと世間話をしているようで、一つの話が次から次へとつながり、ぱっときれいにまとめる著者の手腕は見事というほかありません。
精巧で視覚的、まるでその場にいるかのような描写は、他のエッセイ集ではなかなか味わうことが出来ないと思います。
このエッセイ集は、1つのエッセイはほとんど10ページほどに収まっており、通勤通学の合間にひとつまたひとつと呼んでいく読み方にぴったりではないでしょうか。